2009年11月29日

間取りを考えながら その2

以前、ルイスカーンのエシェリックハウスについて書いたことがあります。(こちら

その時、ファンズワース邸や住吉の長屋のようなインパクトのある家よりも、エシェリックハウスのような味わい深い家を設計していきたいということを書きました。

今も当然そう思っています。

たとえば住吉の長屋について。
古い町屋のスタイルを現代風によみがえらせたとか、自然との触れ合いとか、いろいろな意味づけがされています。
そこで大切なのは、その意味がそこに住む人にとってどういう意味を持つのかということ。

便利さを求めて失ったものもあるかもしれません。
快適さを求めて失ったものもあるかもしれません。
そういう失ったものを気付かせてくれるのが住吉の長屋のようです。

しかし、住み手が便利さと快適さを求めているのに、そこに建築家の哲学としてまるで修行僧のような生活を押しつけているとすれば、それはいかがなものかと思うのです。

実際、住吉の長屋に住んでいる人は、冬の寒さを安藤氏に訴えたところ「アスレチックに行け」と言われたというエピソードもあって、現代建築史に輝く家に住むのもかなり大変だなと、お気の毒だなと思います。

家は外部環境から家族を温かく守らねばなりません。
でも、単純な箱を組み合わせればそれは単なるシェルターです。
守るという意味では事足りますが、それじゃあなんだかつまらない。

壁に絵を掛けるように。
テーブルに花を添えるように。
その空間を豊かなものにしたい。

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posted by クリエ at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 計画・意匠・デザイン
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